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植物ホルモンとは、植物が自ら分泌する、生命活動を維持するために欠かせない物質です。りんごから多く分泌される「エチレンガス」が比較的広く知られていますが、それ以外にもいくつかの種類があり、それぞれに独自の働きをしています。ここでは植物ホルモンの種類とそれぞれの特徴、具体的な用途などを、分かりやすくご紹介いたします。
植物ホルモンとは
一般的に「ホルモン」とは、動物の体内のある器官で分泌される有機化学物質のうち、分泌した器官とは別の器官に作用し、一定の変化を与えるものの総称です。
一方、分泌器官が明確でない植物に関しては、その植物自身が作り出して微量で作用する生理活性物質や情報伝達物質を指して「植物ホルモン」と呼んでいます。
植物ホルモンの用途と種類
ご紹介したような植物ホルモンの定義に当てはまる物質にはさまざまな種類があり、それぞれ異なる働きをすることが分かっています。こうした植物ホルモンの成分や、それに似た活性を持つ有機化合物は、植物の生育調整剤として活用されることがあります。
生育調整剤の作用は、根の伸長を促したり、倒伏を防止するため節間や草丈の伸長を抑制したり、貯蔵途中の萌芽を抑えたり、着果増進や果実の肥大促進、無種子化や落果防止などの手助けをしたり実にさまざまです。
過剰に与えると生育バランスを崩してしまう危険があるため、植物の種類や農薬の種類ごとに投与量が決められています。日本では「農薬取締法」によって、出荷されている作物から規定の量をオーバーした残留農薬が検査で発見されると出荷停止になるため、流通している農作物に関しては農薬の使用量が守られていると思って間違いないでしょう。
では、植物ホルモンの種類ごとに作用や特徴をご紹介していきます。
オーキシン
語源は、「成長」を意味するギリシア語"auxo"です。
オーキシンは植物ホルモンのなかでも、古くから研究されてきた物質で、19世紀後半には植物の成長を促したり光に向かって成長したりする作用があることが発見されました。若い時期もしくは茎や葉の先端部など若い組織で多く分泌され、成長部位に運ばれて成長を促します。
天然のオーキシンは分解されやすく、すぐに不活性化するため、農業での活用は進みませんでしたが、安定してオーキシンの作用が得られる合成オーキシンが化学除草剤として開発されました。しかし、1970年代のベトナム戦争でアメリカ軍が、いわゆる「枯れ葉剤」と言われるオーキシン系除草剤をまいたことにより、生態系を破壊。枯れ葉剤にはダイオキシンも含まれていたため、被害はより深刻なものとなりました。
ベトナム戦争によってすっかりマイナスイメージの定着した合成オーキシンですが、植物生理学やバイオテクノロジーの分野では、研究に不可欠な試薬として使用されています。
ジベレリン
イネ苗に寄生するカビの一種「イネ馬鹿苗病」の研究過程で日本人によって発見された植物ホルモンで、種子の発芽を抑制するアブシシン酸とは逆に、種子の発芽や茎の成長、花芽の形成、子房の成長などを促す働きをします。イネ馬鹿苗病菌の学名"Gibberella fujikuroi"が名前の由来です。
植物のなかには一定期間低温にさらされないと茎の伸長や花芽の形成が止まってしまうものがあり、それらを人工的に成長させるには通常低温処理をしなければなりません。しかし、低温処理をせずとも、ジベレリンを与えることで、成長を促せることが多々あります。
また、胚珠の授粉能力や花粉の受精能力を破壊する働きがあり、これを利用して種無しブドウを作る処理にも用いられています。
サイトカイニン
細胞分裂を促進する働きを持つ植物ホルモンです。語源は、細胞分裂を意味する英語、"cytokinesis"です。通常根で合成され、地上部に運ばれて成長途上にある若い組織に集められます。葉の緑化や成長を促進し、各器官の老化を遅らせます。
先述のオーキシンと一緒に働くことで、細胞分裂を促進し、カルスからシュートを形成します。カルスとは、植物を培養したときにできる分化していない不定形の細胞の塊を指し、ここでのシュートは茎と葉の再分化組織を指します。
アブシシン酸(アブシジン酸)
1998年発行の「生物教育用語集」で、アブシジン酸からアブシシン酸に日本語での名称が変更されました。植物の成長を抑制する作用があり、特に種子の発芽や茎の伸長を強く抑えます。気孔を閉じるなどの方法で、植物を乾燥ストレスから守る作用もあります。
さまざまな条件により、ホルモン濃度が変動するのも大きな特徴です。例えば、乾燥すると葉の中のアブシシン酸濃度が短時間で一挙に高くなり、水を与えると元に戻ります。また、種子の間は高濃度ですが、成熟するにつれ減っていきます。
エチレン
常温ではガスとして存在する唯一の植物ホルモンなので、エチレンガスとも呼ばれます。果実の組織である細胞壁の分解に関わる酵素の合成を誘導し、果実を色付けたり柔らかくしたり、甘くしたりと、成熟した状態に導くことが主な働きです。落葉や落果の促進をしたり、茎や根、芽の伸長を抑制したりする作用もあわせ持ちます。
エチレンはそれを分泌する植物自身だけでなく、周囲の植物にも影響を与えるため、少し注意が必要です。後ほど説明します。
その他
主な植物ホルモンとして知られているものは以上の5種類ですが、ほかに植物ホルモンとして研究が進められているものに、「ブラシノステロイド」と「ジャスモン酸」があります。
「ブラシノステロイド」は植物の細胞分裂を促して成長を促進させる働きが、「ジャスモン酸」は香り成分としての働きのほか、果実の形成や落果や落葉に関わる離層の形成の促進、病原体の感染や傷への対処といった作用が知られています。
エチレンガスとその対策
ご紹介したようにエチレンガスは植物ホルモンの一種で、野菜や果物の熟成を促す作用があり、着色や軟化、甘くなるなどの変化をもたらします。植物の種類によって分泌量は異なり、りんごやメロン、西洋梨、アボカドなどが分泌量の多いものとして知られています。
エチレンガスは分泌した植物だけでなく、同じ空間にある別の野菜や果物などにも影響を及ぼします。熟成と老化・劣化は表裏一体であり、エチレンガスの分泌が続くと野菜や果物が傷んでしまうため、食品業界や流通業界ではエチレンガス対策の研究が長年続けられてきました。
エチレンガスの対策について詳しくは、「エチレンガスとはなにか?青果物の成長や鮮度への影響も解説」でご紹介しています。
また、約240種類の青果物のエチレン生成量と感受性をまとめた「青果物のエチレン生成量・感受性・最適貯蔵条件リスト」をダウンロードいただけます。どうぞご利用ください。
成長段階をコントロールする植物ホルモン
植物ホルモンには比較的よく耳にするエチレンガスをはじめ、オーキシンやジベレリンなどさまざまな種類があります。こちらでは植物ホルモンの種類と、それぞれの特徴や用途をご紹介しました。植物の成長段階は、植物ホルモンの働きによってコントロールされており、その成分や、それに似た活性を持つ有機化合物は農薬として野菜や果物に与えられることもあります。私たちも、日々の食事で知らないうちに植物ホルモンの恩恵を受けているのです。