脆性破壊の原因と対策―鉄鋼が脆化してしまうメカニズムとは?
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脆性破壊の原因と対策―鉄鋼が脆化してしまうメカニズムとは?

脆性破壊は、塑性変形を伴わずに破壊が起こる現象です。これはどういった条件のときに起こる現象なのでしょうか。また、脆性破壊を防ぐにはどのような対策があるでしょうか。脆性破壊の特徴、鉄鋼の脆性破壊、原因と対策などについてご紹介します。

目次

ものが物理的に壊れるとき、どのようにして壊れるのかを考えたことはあるでしょうか。少しずつ変形していって壊れるのか、ある日突然壊れるのか……。このように起こる破壊のひとつに、脆性(ぜいせい)破壊という現象があります。脆性破壊はどのようなもので、どういった原因で起こるのでしょうか。ここでは、脆性破壊の概要を確認した後、鉄鋼材料特有の脆性破壊の原因や対策について考えていきます。

脆性破壊とは

日常生活ではあまり使われませんが、設計や製造に関わる人であれば聞く機会も多いでしょう。一体どのような意味なのでしょうか?

塑性変形を伴わない破壊

材料に何らかの力が加えられて形が変わるとき、その変形の仕方には大きく二種類あります。一つは加えていた力を取り去ると元の形に戻る弾性変形、もう一つは加えていた力を取り去っても形が元に戻らない塑性変形です。

通常、ものに力を加えていくと弾性変形をし、次に塑性変形をします。さらに力を加えると破壊に至ります。

しかし、塑性変形をほとんど伴わずにわずかな弾性変形からそのまま破壊が起こることがあります。例えば陶器製のお皿や、黒板に使うチョークなどは曲げる方向に力を入れても曲がりません。そのまま力を大きくしていくと、ほとんど曲がることなく突然割れたり折れたりしてしまいます。このように、目に見える変形を伴わずに突然破壊が起こる現象、それが「脆性破壊」です。

なお、脆性破壊が起きやすい材料のことを脆性材料といいます。

脆性破壊の特徴

脆性破壊の起こる瞬間をスローモーションで撮影すると、微小な亀裂が生じた後に音速並の速度で亀裂が伝播し、破壊に至ることがわかります。数十ミリの厚さの材料で脆性破壊が起こった場合、人の目ではその流れを捉えることはほぼ不可能で、一瞬でバキッと破壊されたように感じます。

また、破断面にリバーパターンと呼ばれる模様が現れるのも脆性破壊の特徴です。上空から地表を撮影したときの、山間を縫って流れる川のような模様が浮かぶことから、こう呼ばれています。

破壊の断面にリバーパターンが現れていれば、「脆性破壊が起こった」のだと、推測することができます。

リバーパターン_脆性破面

[写真提供]
大阪大学大学院基礎工学科 機能創成専攻 材料構造研究室
堀川 敬太郎 准教授

脆性破壊の原因と対策

では、どうすれば脆性破壊を防ぐことができるでしょうか。脆性破壊が起こる原因から考えてみましょう。

脆性破壊が起こる原因

脆性破壊が起こる代表的な材質のなかに、黒鉛や鋳鉄などがあります。このように、「脆い性質である」ということは脆性破壊が起こる大きな原因ですが、「低温環境」「引張応力が高いこと」「応力が一点に集中すること」などの条件も要因となります。

引張方向の力が働いたとき、伸びるように変形した後に起こる破壊を「延性破壊」といいます。通常延性破壊を起こす材質でも、上記のような条件が重なると、脆性破壊を起こすことがあるのです。

例えば、第二次世界大戦中、アメリカで製造されたリバティ船の沈没事故が多発したのは、それが原因と考えられています。リバティ船は完成までの工期を短縮するため、それまでの主流であるリベット打ちに代わり溶接接合が採用されました。この結果、応力が集中したうえに低温にさらされた鋼板に、脆性破壊が起こったとの判断です。この事故から脆性破壊に関する研究が進んだともいわれます。

また、部材の寸法が大きいほど疲労強度が低下するという現象があります。この現象を寸法効果といい、これにより脆性破壊が起こることもわかっています。寸法効果の合理的な理論はまだ解明されていませんが、材料が大きくなればなるほど破壊のきっかけとなる弱点部分が多くなるためではないかという仮説があります。

脆性破壊の対策

上記の脆性破壊が起こる原因から、その対策を考えるには、次の二つの点について考慮しなければいけないことがわかります。

一つ目は、大きな応力が働く場所に脆性材料を使用しないということです。さらに、これには先ほど説明した、「寸法効果」も考慮に入れる必要があります。鋼橋では厚板部分に高級鋼材を使用するといった対策が取られているのは、その一例です。

二つ目は、低温環境での使用が想定される場合は、材料強度を入念に検討するということです。常温では塑性変形して破壊に至らない材料でも、低温時には脆性破壊が起こる可能性があるため、その点を考慮しての選定が必要になります。

以上を念頭に、具体的な対策を練っていく必要があります。

鉄鋼を脆くする水素脆性

鉄鋼の脆性破壊については、もう一点注意しておかなければならないことがあります。それは水素による影響です。

鉄鋼は一般的に延性を持ち、比較的硬いハイテン(高張力鋼板)であっても塑性変形し、脆性破壊は基本的に起きません。しかし、条件によっては鉄鋼が脆くなり脆性破壊が起こりやすくなることがあるのです。そこに関係してくるのが、「水素」です。鉄鋼は中に水素が取り込まれると脆くなる、「水素脆性?」という現象を起こします。

「内部の水素原子が集合して分子となった結果、内圧が高くなり亀裂のきっかけになる」という説、「水素原子により鉄分子の結合が妨げられている」という説など、水素脆性がなぜ起こるかについては諸説あります。しかし、水素は拡散が速く、極微量でも脆化をもたらすため、そのメカニズムはまだはっきりとは解明されていません。

水素が鉄鋼の中に多く吸収されるのは、腐食や溶接・酸洗浄・電気めっきなどが行われたときです。これらはいずれも避けて通ることのできない重要な加工であるため、実質的に水素の吸収を防ぐことはできないことになります。

そこで、一度吸収した水素を放出させるため行われるのが、ベーキングという処理です。水素が吸収されたと考えられる鉄鋼を200℃ほどに加熱・保持します。この熱処理により、大部分の水素を放出させることが可能といわれています。

ただし、次のような場合には水素の放出量が足りずに水素脆性を引き起こしたり、別の理由で脆性破壊が起こったりする可能性があります。

  • 水素が吸収される状況や加工(腐食・溶接・酸洗浄・電気めっき)を行った後すぐにベーキング処理をしなかった
  • ベーキングを行う際に適切な温度(通常200℃前後)に達していなかった
  • 適切な温度(通常200℃前後)を保持する時間が短かった
  • 使用したのがベーキング効果の低いHRC (ロックウェル硬さ)46以上のような高強度鋼材だった
  • ベーキングを行っても水素が放出されにくい加工(亜鉛めっき・厚めっき・光沢めっき)を行った
  • 長時間の酸洗浄または高濃度の酸洗浄処理液により大量の水素が吸収されていた
  • 応力が集中し亀裂の元となる切り欠きや介在物が材料の表面にあった

これらの要因により脆性破壊が発生する恐れがありますので、ベーキングは正しい手順を守って行うことが重要です。

脆性破壊についての研究は続いている

脆性破壊とはどのようなものか、鉄鋼の脆性破壊の原因と対策などについてご紹介しました。

材料の破壊がどのようにして起こるのかという問題は、機械や構造物を設計するうえで根幹となる部分です。脆性破壊の発生しやすい材質では、一般的に圧縮応力に対しては強く、引張応力に弱い傾向があります。このほか、低温環境、水素の取り込みや切り欠きの有無などによっても脆性破壊は発生しやすくなります。機械や構造物を設計する際には、こういった破壊が起こる仕組みも理解しておくと、より安全性の高い設計が可能になるのではないでしょうか。

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