水素脆化と水素侵食―水素が引き起こす2つの損傷現象
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水素脆化と水素侵食―水素が引き起こす2つの損傷現象

水素によって引き起こされる金属の損傷現象として、水素脆化と水素侵食があります。この2つにはどのような違いがあるのでしょうか。水素脆化と水素侵食の違い、それぞれの特徴、発生メカニズムや発生しやすい環境、防止対策についてご紹介します。

目次

水素脆化(すいそぜいか)と水素侵食、これらの金属の損傷現象にはどのような特徴があり、どういった原因で起こるのでしょうか。水素に関係する2つの現象について、その特徴や発生メカニズム、防止のための対策などをご紹介します。

水素脆化の特徴

金属がダメージを受ける現象のひとつに水素脆化があります。これはどのような現象でしょうか。特徴や発生メカニズムを見てみましょう。

水素脆化とは

鉄をはじめとする多くの金属は本来粘り強さがあり、ガラスのように砕け散ることはありません。しかし、もろくなり砕けるように破壊する現象があります。このように塑性変形をほとんど伴わずに破壊に至ることを脆性破壊と言い、脆性破壊が起こりやすい状態になることを脆化と言います。

金属の脆化が起こる場合にはいくつかの原因がありますが、そのひとつが水素による影響です。水素が金属に影響を及ぼすことで靭性(じんせい)が低下し、脆性破壊が起こりやすくなる現象を水素脆化と言います。

水素脆化は強度の高い鋼ほど影響があり、特に引っ張り強さの高い金属(ハイテン)において起こりやすいことが報告されています。

破断面にはリバーパターン

水素脆化によって脆性破壊が起こったとき、破断面にはある特徴的な模様が現れます。この模様は地図上の川の流れのように見えることからリバーパターンと呼ばれています。

水素脆化だけでなく、ほかの原因による脆性破壊の場合でもリバーパターンは見られます。リバーパターンは脆性破壊が起こったかどうかの判断基準にもなります。

リバーパターンについては「脆性破壊の原因と対策―鉄鋼が脆化してしまうメカニズムとは?」で、リバーパタンの断面写真を公開していますので、ご参照ください。

メカニズムは判明していない

では水素がどのように影響して金属の脆化が起こるのでしょうか。実はそのメカニズムははっきりとはわかっていません。水素原子が金属内で結合することによって内部圧力が高くなり粘り強さがなくなるという説や、水素原子が鉄分子の結合を妨げる働きがあるという説など、いくつかの可能性が指摘されています。しかしいずれの説も理論的な証明にはたどり着いておらず、真相は霧に包まれています。

わかっていることは、腐食や溶接、酸洗浄、電気めっきなどを行った際に水素が吸収されることで水素脆化が起こるということです。これらの、金属表面に水素原子が多くなるような加工をした場合に水素脆化が起こりやすいことは統計的に証明されています。

水素脆化を防ぐベーキング

水素脆性が起こりやすい状況がわかっているのと同時に、水素脆性を防ぐ方法も確立されています。

その方法として行われるのがベーキングという処理です。ベーキングは脆性破壊を防ぐために吸収された水素を放出させる目的で行われます。

具体的な方法としては、金属の材質やそれに対して行った加工や種類により処理方法が異なりますが、190℃~220℃で2時間~24時間の加熱を行うのが一般的です。

水素侵食の特徴

水素により金属の強度が低下する現象としては、水素脆化のほかに水素侵食というものがあります。水素侵食の特徴や発生メカニズムを見てみましょう。

水素侵食とは

水素侵食は、水素脆化とはまったく別の破壊現象。幅広い温度域で起こる水素脆化と異なり、発生条件が「高温高圧環境下」に限定されます。

特に200℃以上の温度環境において、水素の圧力が高いときに起こりやすい現象です。

脱炭とメタンの気泡跡の確認により判断

鋼でできている部分に破壊が起こったとき、水素侵食を疑うことで原因とその後の対策を打つことができます。このとき、判断基準となるのが脱炭の有無です。

顕微鏡検査により脱炭が確認された場合は水素侵食が起こったと考え、鋼の該当部分における機械的性質は低下していると判断します。脱炭が起こっているため、溶接しても従来の強度は得られません。

また、水素侵食が起こった部分にはメタンの気泡跡が見られることも判断の基準とすることができます。

破壊の直接原因となるのはメタン

また、水素侵食は発生のメカニズムが判明しているという点も水素脆化との大きな違いです。

高温高圧環境下では鋼の中に侵入した水素原子が炭化物と反応してメタンガスを発生させます。メタンガスの圧力により、鋼の内部では多数の微細な亀裂が生じます。このとき起こる化学式は次のとおりです。

Fe3C + 4H → 3Fe + CH4

鋼(Fe3C)の炭化物(C)と水素(H)が反応することで、鉄(Fe)とメタン(CH4)になっているのがわかります。また同時に鋼からは炭素が失われて軟鉄になる、「脱炭」と呼ばれる現象が起きていることも確認できます

元素添加による防止とネルソン線図

水素侵食を防止するには、Cr・Mo・Nb・Ti・Vなどの元素を添加するのが有効ということが判明しています。これらの元素は安定的な炭化物を作るため、水素と反応しにくくメタンの発生も防げるためです。

元素の添加量と温度の関係は、ネルソン線図と呼ばれるグラフから知ることができます。ネルソン線図は、米国石油学会(API)が過去の損傷事例を集めて分析し図にしたものです。

ネルソン線図は1949年に発表されてから数度の改訂を繰り返し、精度を向上させながら浸透してきました。現在では、水素侵食防止のための添加物使用限界を決定する世界的な技術基準となっています。

水素が関係する金属の損傷

水素脆化と水素侵食は、水素が関係する金属の損傷現象のなかでも特に知られている2つの現象です。この2つの現象は発生メカニズムや特徴が異なるものの、どちらも脆化を引き起こすという点では共通しています。そのため、広義においてはどちらも水素脆性に含まれます。

また、水素が影響することで起こる金属の損傷現象はほかにもあります。

サワー環境(湿潤H2S環境)において起こりやすい水素誘起割れと呼ばれる現象は、水素脆化の亜種と言われています。水素誘起割れの特徴として、応力がなくても割れが発生するという点が挙げられます。また、金属表面に並行して起こるため超音波探傷試験により検査する必要があります。

遅れ破壊として代表的な溶接低温割れは、溶接時に水素が影響することで起こります。溶接を行い冷却後、数十時間から数十日後に発生します。溶接棒の湿分管理・使用前の予熱などが対策となります。

応力腐食割れは水素イオンが介在して起こると言われていますが、水素脆化が直接の原因ではなくCO2やO2が関連していると考えられています。割れの先端が溶解することで、引っ張り応力が働いたときに割れが進行する現象です。

ステンレスのオーバーレイ溶接部やクラッド鋼の割れについても、水素が関係していると考えられています。

以上のように、水素が関係する金属の損傷現象はわかっているだけでも複数ありますが、なかでも水素脆化と水素侵食は発生頻度が高く、研究が進んでいます。

水素脆化は低温から高温の幅広い温度環境下で起こる遅れ破壊であるため、橋梁や造船の分野で特に課題とされ、建築構造設計や船舶設計、海洋工学などで研究が進んでいます。

一方、水素侵食は高温高圧および高水素濃度で起こりやすく、高圧ガスや石油関連の分野で研究が進んでいます。

水素による脆性破壊防止には適切な処理が重要

水素が影響することで起こる「水素脆化」と「水素侵食」の2つの金属の損傷現象について、特徴や発生メカニズム、それぞれの違いについてご紹介しました。

水素は鋼中に吸収されやすく拡散性も高いため、水素による脆化現象は金属を扱う業界にとって長年の問題です。古くは有名なリバティ船の事故やNASAのロケット用水素燃料タンク破損、ペルシャ湾岸の海底パイプライン事故などで知られ、世界的な課題として研究が進んでいます。多くの研究や事例から得られた処理方法や限界基準などから適切な対策を施すことが、水素脆性を防ぐ最も有効な手段と言えます。

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