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水素脆性(すいそぜいせい)は金属材料の安全性に大きく関わる問題であり、材料製造の過程においてはその対策が欠かせません。水素脆性が起こる原因を把握すれば、効果的な対策が可能になるはずです。そこで今回は、水素脆性の原因や起こしやすい素材、対策例を見ていきます。
水素脆性とは何か?
水素脆性とは水素原子が金属に吸蔵されることで、金属素材の靭性(じんせい:粘り強さ)が低下し、もろくなる現象です。「水素脆化」とも呼ばれ、遅れ破壊も水素脆性で生じる破壊現象の1つです。
遅れ破壊については、後ほど詳しくご説明します。
水素脆性が起こる原因
水素脆性はめっき工程において水素が金属素材内に吸収されたり、環境中の硫化物による触媒的作用を介して水素が吸収されたりすることで引き起こされます。
水素が脆性をもたらすメカニズムには、「水素原子が集まって分子となり、内部圧力が高まるため」「原子の並びが不均一な部分に集まった水素原子が、鉄同士の結合を妨げるため」といったいくつかの説があります。しかし、現時点ではいずれの説も統一的に説明できる理論が見つかっていません。
水素は拡散が速く、極微量で脆化をもたらすこともあり、水素脆性の詳細なメカニズムには、いまだ解明されていない部分が多くあります。
水素脆性が引き起こす問題「遅れ破壊」
前述のとおり、水素脆性は「遅れ破壊」という大変深刻な問題を引き起こします。遅れ破壊とは、静的な荷重を受けている金属材料が突然破断する現象です。強度の高い材料ほど靭性が低下する理由から、破断までの変形量が少なく、「なんだか最近ちょっとがたつく」「壊れそう」などといった前触れがありません。ある日突然、「パキッと折れる」というイメージの非可逆的な壊れ方をするため、さまざまなトラブルが生じます。
水素脆性から派生するトラブル
鉄鋼製品の製造工程でこの現象が起こると、品質が低下し、不良率が増加します。納品前の品質管理工程で発見できれば、まだいい方です。最も怖いのは、水素脆性によって一部が壊れてしまった不良品に気づかず納品してしまったり、納品した製品がある日突然壊れて製品事故を引き起こしたりするケースです。水素脆性を引き起こす物質は、一般的に強度が必要とされる金属材料。機械の本体であっても部品であっても、このような壊れ方をすると危険です。顧客に納品した製品でこのような事態が起これば、企業に対する信頼の低下は避けられず、受注量の減少や減益にもつながりかねません。
水素脆性を引き起こしやすい素材や処理
水素脆性はさまざまな種類の金属や合金で起こります。ここからは特に水素脆性を引き起こしやすい素材や処理についてご紹介します。
水素脆性が起こりやすい素材
高炭素鋼(炭素含有量が0.6%を超える炭素と鉄の合金)や、熱処理などによって表面硬化した鉄鋼材料によく見られます。具体的な数値で表すと、HRC(ロックウェル硬さ)40以上、抗張力130kgf/mm2などの基準に当てはまる高張力鋼や高強度鋼が、水素脆性を引き起こしやすいといわれています。
以上のように強度が高い素材ほど微量の水素でも破壊を生じやすくなるのですが、実は以前は水素脆性の存在や実態がほとんど知られていませんでした。そのため1960年代までは、橋梁用の部材として使用されるボルト規格の高強度化が進められており、一時は1300MPa級のボルトが使われていました。しかし1960年代半ばにおける遅れ破壊によるボルトの断裂事故の発生を受け、ボルトの規格は1100MPa級へ、さらに1980年代以降は1000MPa級まで引き下げられた経緯があります。
しかし、低強度でも吸蔵される水素の量が多ければ、破壊を生じることがあります。そのため、「この強度のこの素材なら大丈夫」という明確な基準はありません。
めっき処理
めっき工程のなかでは素材を活性化させてめっきを付着しやすくするため、酸洗いや陰極電解洗浄、陰極電解酸洗などの前処理を行います。この工程中に水素が吸蔵されることがあるといわれています。さらにアルカリ性亜鉛めっき浴のように、めっき皮膜と水素とが共析するようなめっき浴でも、水素脆性が多く見られます。めっきに用いられる溶液中の水素イオンと、鉄の溶解によって放出された電子が結びつくことで水素ガスが発生し、一部の水素原子が金属中に取り込まれ、それらが格子欠陥などに集合することで、水素脆性が起こるとみられています。
水素脆性の対策例
高張力鋼や高炭素鋼のめっき工程においては、素材の酸活性を高めて皮膜の付着を促すための酸処理の際、酸濃度が高いほど短時間で水素を吸蔵しやすく、加温するとさらに水素脆性が起こりやすくなることがわかっています。そのため、例えば次のような対策が取られています。
- ・できるだけ低濃度の酸を使う
- ・短時間で処理を終える
- ・酸処理時間を短縮するためショットブラストなどの機械的処理を併用する
- ・めっき後ベーキング処理を行う
- ・ベーキング処理の効果をより高めるため、酸処理後、高温のアルカリ浸漬をする
上記の例で水素脆性対策の要になる、「ベーキング処理」について詳しく見ていきましょう。
ベーキング処理とは
ベーキング処理とは、通常200℃前後の高温でめっき部品を加熱する、めっき後の脱水素処理のことです。一般的にクライアントからの希望があった場合のみ、めっき加工業者がめっき工程の一環として行います。
適切な温度や加熱時間はめっきの処理内容や鋼種などによって異なり、「この温度でこれだけ加熱すれば大丈夫」とは一概には言い切れません。例えば、めっき皮膜の水素透過性、皮膜の厚みによって水素の抜けやすさが変わってきますし、高温を加えると硬度が低下する素材などでは、あまり高い温度で処理することができません。温度が低いと水素を抜く効率が下がるため、そういった素材では、より長時間の加熱が必要となります。
その他の対策
一見すると前触れなく発生する水素脆性による脆性破壊ですが、基本的には「鋼材表面からの水素の侵入」「素材内部における水素の拡散」「亀裂の発生」「亀裂の伝播」という過程をたどります。
ベーキング処理を含めて、これまでの水素脆性の対策は、「素材内部における水素の拡散」「亀裂の発生」「亀裂の伝播」の抑制でしたが、めっき皮膜によって「鋼材表面からの水素の侵入」を防ぐ方法も研究されています。環境中に水素脆性の発生要因があるところで使う部材の開発者にとっては、このような研究がいつか役立つかもしれません。
水素脆性は金属材料にとって大きな課題
金属素材の品質管理に影響を及ぼす要素はさまざまにありますが、そのなかでもある日突然「パキッと割れる」という決定的な破損の原因となる水素脆性は、特に注意すべき問題です。そのため、水素脆性についての基礎知識や対策方法は、金属材料の製造や品質管理の担当者にとっては欠かせません。また、適切な水素脆性の対策処理をおこない、その処理が適切であったかを評価することも重要です。水素脆性の評価方法とその使用装置については、以下の記事をご参考ください。
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