目次
身近なものから専門分野で使われるものまで、ステンレス鋼はさまざまな場面で活躍している金属の一種です。このステンレス鋼は、英語では「錆びない鋼鉄」と表現されますが、本当に錆びないのでしょうか。ここでは、ステンレス鋼の特徴や種類、取り扱いについての注意点などをご紹介します。
ステンレス鋼の特徴
身近なところで多く使われ、金属加工を行う業務においてもよく使用される素材のひとつであるステンレス鋼ですが、どのような特徴から広く使われているのでしょうか。早速見ていきましょう。
ステンレス鋼とは
ステンレス鋼は名前に「鋼」という漢字が使われているとおり「はがね」の仲間で、炭素を含む鉄の合金の一種です。鋼のなかでも鉄を主成分としてクロムを10.5%以上、炭素を1.2%以下含むものがステンレス鋼として分類されます。
ステンレス鋼は、英語では“stainless steel”と表記され、直訳すると「錆びない鋼鉄」となります。ステンレス鋼は、金属表面における腐食作用に抵抗する「不動態皮膜」によって腐食から保護されており、腐食しにくい性質を持ちます。不動態皮膜はクロムの含有率が高くなるほど強固になります。
「錆びない鋼鉄」それ本当?
ステンレス鋼は、英語で「錆びない鋼鉄」と表現されると説明しましたが、実際には錆びることもあります。それでも錆びにくくて丈夫なのは確かで、幅広く使われています。
身近なところでは、例えば食事に使うフォークやナイフ、調理に使う器具や設備、ドアノブや鍵、階段の手すりなどがそうです。また、建造物の建築材料や医療用の器具、成形加工用の金型、大規模プラントや発電所の冷却設備など、専門的な分野でも多用されています。
もしステンレス鋼がなければ、私たちの暮らしは今とはまったく異なるものになっていたかもしれません。それほどあらゆるところで活用され、人々の暮らしに欠かせないものとなっているのです。
ステンレス鋼は万能な金属ではない
紹介してきたような特徴から、便利で有用な金属として使われているステンレス鋼ですが、金属材料として万能ではなく、使いにくい一面も持ち合わせます。
ステンレス鋼は一般的な鉄鋼材に対して比較的高価で、切削加工においては難削材に分類されます。また、異種金属接触腐食により、ステンレス鋼と触れた別の金属を腐食させてしまうことがあります。異種金属接触腐食とは異なる金属同士が接触していると、一方の金属が腐食する現象で、ガルバニック腐食ともいいます。接触している金属のうち標準電極電位の小さな金属の腐食が促進されるため、例えばステンレス鋼がアルミニウムや鉄などと触れていれば、それらが腐食する恐れがあります。
このように、ステンレス鋼は環境によって周囲の金属に影響を及ぼすことも踏まえたうえで、適した場所・用途に使用することが大切です。
ステンレス鋼の5つの系統
ステンレス鋼は含有する成分の違いによって性質が変わり、形成される金属組織も異なります。大きく次の5つの系統に分類されます。それぞれ見ていきましょう。
オーステナイト系
オーステナイトの金属組織を持つ、クロムニッケル系のステンレス鋼です。オーステナイト系ステンレス鋼には、炭素0.15%以下、クロム15%~26%、ニッケル6%以上を含む鋼種が存在します。オーステナイト系はステンレス鋼生産量の60%を占めるほど幅広く使われている、有用性の高い金属材料です。
クロムを18%、ニッケルを8%添加したSUS304が代表的で、スプーンやフォークなどに「18-8」と書かれているものがこのSUS304です。靭性に優れ、深絞り・曲げ加工などの冷間加工性が良くて溶接性も高いことが、用途を広げているといえます。基本的に非磁性ですが、冷間加工後は磁性を生じます。耐食性も高く温度による性質変化も少ないため、安定した材料として使いやすいのが大きな特徴です。
JISの規格ではSUS3**(SUSのあとに3から始まる3桁の数字)と表記されます。
フェライト系
フェライトの金属組織を持つクロム系のステンレス鋼で、ニッケルは含みません。炭素0.12%以下、クロム11%~32%を含む鋼種があります。
フェライト系はオーステナイト系に次いで耐食性があり、熱処理による硬化が少なく軟質を維持するためプレス加工に適しています。また、溶接も容易なためステンレス鋼のなかでは比較的高い加工性を持ち、家庭用品や建築内装材として使われています。オーステナイト系の弱点とも言える応力割れが起こりにくいため、高温となる温水機器や化学プラントに使用されます。
また、オーステナイト系と異なり磁性があるのも特徴のひとつです。
JISではSUS4**(SUSのあとに4から始まる3桁の数字)と表記され、代表的なのはクロム18%のSUS430です。
オーステナイト・フェライト系
二相系とも呼ばれ、オーステナイト系とフェライト系の金属組織によって形成され、中間的な性質を持ちます。
大きな特徴として海水に対する耐性の高さがあり、海水を引き込み冷却水として使う発電所や化学プラント用の装置に使われています。フェライト系の金属組織を持つため磁性があるのも特徴です
SUS329J1が代表的で、ここから派生した改良鋼種が多数あります。より耐食性を上げたSUS329J3Lや、応力腐食割れの耐性が高いSUS329J4Lなどが知られています。
マルテンサイト系
マルテンサイト系は、クロム11.5%~18%を含む鋼種が存在する、クロム系のニッケルを含まないステンレス鋼です。
焼入れによりマルテンサイトの金属組織を形成することで硬度を上げることが可能で、成分配合と焼入れ方法によりさまざまな特性を持たせることができるのが特徴です。そのため、硬度を求められる機械部品や、刃物、切削工具、タッピングネジなどに使われています。水に対する耐食性は高いのですが、磁性があり鉄粉付着状態では錆びやすいため、管理方法に注意が必要です。
包丁に使われるクロム13%のSUS403、ベアリングやバルブに使われるSUS410などが代表的な鋼種です。
析出硬化系
微粒子分散により硬度を上げる析出硬化というプロセスにより強度を向上させたステンレス鋼は、析出硬化系ステンレス鋼と呼ばれます。チタン・アルミ・銅など析出硬化性がある元素を添加して成形後に熱処理を加え、硬度を上げたステンレス鋼のことです。析出硬化系はさらに金属組織別にオーステナイト系析出硬化型、セミオーステナイト系析出硬化型、マルテンサイト系析出硬化型に分類されます。
熱処理後に変形が少ないことが特徴で、耐食性や溶接性に優れ、宇宙開発分野や航空機分野、ばね鋼などとして使われています。
JISではSUS6**(SUSのあとに6から始まる3桁の数字)と表記されるものが規定されています。クロム17%、ニッケル4%を含むSUS630、クロム17%、ニッケル7%を含むSUS631が代表的です。
ステンレス鋼と水素脆性の関係
ステンレス鋼は水素によって影響を受け、強度が低下する現象が起こります。特に建築材料や大型の構造物の材料として使われる場合には、この水素による影響についてしっかりと対策をとらなければなりません。ステンレス鋼と水素の関係について解説します。
鋼材への水素による影響
鋼材は全般的に水素を取り込む性質があり、空気中にも存在する水素に暴露されることで影響を受けます。
水素は水の電気分解で簡単に発生し、腐食、溶接、酸洗、電気めっきなどの処理を行う際にも水素は鋼材中に取り込まれます。こうして鋼材中に水素が侵入することで、鋼材の強度が低下する水素脆性、水素侵食といった現象を引き起こします。水素脆性は、水素の影響によって靭性が低下しもろくなってしまい遅れ破壊が起こる現象で、水素侵食は高温高圧環境下で起こりやすく亀裂から破壊に至る現象です。詳しくは、以下の記事をご参照ください。
水素脆化と水素侵食―水素が引き起こす2つの損傷現象|NISSHA
ステンレス鋼の水素脆性
このような水素による影響はステンレス鋼においても例外ではありません。それどころかステンレス鋼は水素による脆化が顕著で、機械的強度の低下が大きいため対策の重要度も増します。
オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系のどの種類でも水素脆性が起こりますが、特に13クロムのフェライト系で起こりやすいことが知られています。
オーステナイト・フェライト系ではオーステナイトの比率が高いほど水素の影響が小さいことから、オーステナイト系は比較的水素脆性が起こりにくいとされています。そのため、オーステナイト系は水素エネルギーシステムの機器にもよく使われています。
一方、マルテンサイト系は炭化物分布や耐食性によって水素の影響が変わります。マルテンサイト系は焼入れによる硬度向上が可能ですが、焼入れにより水素脆性の可能性が高くなるため、強度確保のためにはマルテンサイト系析出硬化型の使用が推奨されます。析出硬化系では低炭素で強度確保が可能なため水素脆性が起きにくいためです。
水素脆性を防ぐための方法として行われるのがベーキングという再加熱によって水素を放出させる後処理です。しかし、ベーキングによってステンレス鋼が持つ性質が失われる可能性があり、それによって本来の使用目的から逸脱するおそれもあります。ステンレス鋼の水素脆性対策は、要件や処理条件、ベーキング方法などを検討したうえで行わなければなりません。
ステンレス鋼は特徴を理解してこそ優れた材料として力を発揮する
ステンレス鋼の概要や特徴、種類と水素脆性についての課題と対策をご紹介しました。
ステンレス鋼には5つの系統と、そこからさらに細分化された多くの鋼種が存在します。それぞれに異なる特性を持ち、適した用途、適した場所に使うことで優れた材料として力を発揮します。特定条件下での腐食発生や水素脆性といったデメリットになる特性も把握したうえで、どのステンレス鋼を使うのか、適切な材料選定を行いたいものです。