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医薬品コンポーネントの脱プラにPulp-Injectionで挑戦!~自己注射器キャップ試作プロジェクト~
2024/06/10
- デザイン/設計
- パルプ
- 射出成形
- 環境対応
- 脱プラ
医薬品・医療機器業界における環境対応の風潮
近年、安全が最優先事項である医薬品市場においても環境対応への関心が高まりはじめています。実際に大手製薬会社や医療機器メーカーのサステナビリティレポートでは、気候変動や自然環境への影響を抑制するための取り組みが挙げられています。例えば、製造にかかわるエネルギー使用量の見直しや、水資源の保護などの取り組みに加え、製品や包装から発生するプラスチック廃棄物の削減などがあり、環境対応への意識が高まっていることが伺えます。
その一方で、医薬品は衛生面への配慮から、包装材や器具などは一度の使用で廃棄せざるを得ないものも多く、結果的に大量のプラスチック廃棄に繋がっています。特に、注射器や点滴パック、シリンジなどの医療機器は使い捨てが基本とされており、感染防止の観点から再利用が難しいため、廃棄物の量が増加する一因となっています。このような背景から、今後は安全・安心を損なうことなく廃棄物を減らす取り組みが必要とされています。
そんな中、医薬品業界における新たな取り組みとして少しずつ増えてきているのが、二次包装の脱プラです。これまでは真空成形で作られたプラスチック製トレーが主流でしたが、パルプを主原料とした材料で作られたトレー(Pulp-Injection(パルプインジェクション))や、他の環境にやさしい材料を用いたものに置き換えようとする動きが出てきています。
この流れは今後、包装材だけではなくコンポーネント(機器を構成する部品や部材)へも広がっていくと考えられます。今回は、その実現可能性を探るために、プラスチック製の医薬品コンポーネントを環境にやさしい材料を用いた工法でどこまで忠実に再現できるかというテーマに取り組みました。
医薬品のプラスチック製コンポーネントを脱プラ工法で再現
今回のプロジェクトでターゲットとした製品は、自己注射器(使い捨てペン型注射器)のキャップです。
自己注射器(注射剤付き)とは、患者が医療機関に出向かずとも自宅や職場など自分の居場所で、必要なタイミングに薬剤を注射することができる医薬品です。これにより、慢性疾患を持つ患者や定期的に薬剤を必要とする患者が、医療機関への頻繁な訪問を避け、より柔軟に治療を続けることが可能になります。
その使用期間は1度きりのものから、注射針を交換して複数回使うものなどさまざまです。自己注射器は、医療従事者ではなく、患者自身が持ち運びや保管を行うことになるため、安全性に特に配慮されています。例えば、持ち運びの際に誤って作動しないようなロック機能や、保管中に薬剤が劣化しないような適切な保存条件が求められます。また、患者が簡単に使用できるように、使い方の分かりやすさや、手に馴染むデザインであることなども重要な要素です。このように、自己注射器は医療機関で使用される注射器とは異なる多くの点が考慮されており、患者の生活の質を向上させるための重要なツールとなっています。
自己注射器のキャップに求められる機能としては、破損させないよう外部の衝撃から保護する強度や、製品内部を汚れから守ること、誤作動を防ぐために使用時以外は簡単に外れないようにするロック機能などがあります。
このプラスチック製のキャップを脱プラ工法で再現するにあたり、今回のプロジェクトではPulp-Injection(パルプインジェクション)を採用しました。Pulp-Injectionは射出成形技術を活用しているため、プラスチックに近い成形性を持つことが特徴です。
一方でPulp-Injectionは、パルプとでんぷんを主原料としています。バイオベース度が約90%であり、環境に優しい製品としてバイオマスマークも取得しています。
プラスチック成形品をPulp-Injectionで再現する難しさ
射出成形とはいえ、パルプとプラスチックのように材料が異なると、同じように成形できるとは限りません。
パルプは熱可塑性でないため、Pulp-Injection(パルプインジェクション)では射出時の流動性を確保するために材料に水を含ませます。そのため、水分の蒸発を促進するために金型を小刻みに開閉する乾燥工程や蒸気を効率的に逃がすための金型構造など、プラスチック射出成形では見られない様々な工夫が金型に施されています。
今回取り組んだキャップ形状の再現においては、上述のPulp-Injection特有の金型設計上の工夫に加え、これまでPulp-Injectionが採用されてきた多くの製品に比べ、深さがあり、かつ先の閉じた筒形状をどのように成立させるかがポイントとなりました。Pulp-Injectionでは製品を型内で乾燥させる必要があるため、金型設計において水蒸気を逃がしやすくする機構が求められます。しかし、深い筒形状を実現しようとした場合、水蒸気を逃がすルートが確保しづらく、全体を均質に乾燥させることが難しいという課題が生じます。
この問題を解決するために、Pulp-Injectionに求められる金型設計と深い筒形状を実現させるための金型設計を両立させることが必要でした。最終的に、これまでPulp-Injectionでは実績のないスライド式金型構造を採用することに決定しました。
結果的に新しい金型構造に挑戦することで「筒型」「深い」という難易度の高い形状再現を達成することができ、外観面以外でも嵌合性や開閉時のクリック感といった機能面も現行のプラスチック成形品に近付けることができました。
当初はウエルド周辺部の不均一な肉厚による強度不足、深さがある成形品ゆえの水蒸気排出の難しさ、天然由来材料に起因するガス(ヤニ)の滞留、プラスチック製注射器と嵌め合わせた際の寸法精度差など、Pulp-Injection特有の課題が数多く想定されましたが、いくつかの懸念については創意工夫を凝らした設計によりうまく対処することができました。その一方、課題が残る項目についても、継続的に改善を進めるための方向性を見出すことができたことも成果のひとつです。これらの改善に一定の目途が付いた際には、いよいよ量産を見据えた生産性についての検証を進めていきたいと考えています。
Packaging Innovation賞受賞
今回製作した自己注射器のキャップは「Pharmapack Awards 2024」のPackaging Innovation賞を受賞しました。この賞は医薬品パッケージや薬剤投与デバイスにおける革新的な技術に与えられるもので、サステナビリティを重視した審査基準に基づき、専門家の審査員によって選出されます。
今回は、現行品のプラスチック射出成形品と同じ形状を再現したという点だけでなく、プラスチックと同等の機能を有し、さらに石油由来プラスチックの使用量を大幅に削減できる点が評価されました。
見出された新たな発展可能性と、製品化への課題
今回の試みにより、Pulp-Injection(パルプインジェクション)で成形できうる製品形状の可能性が広がりました。
今後はキャップに限らずネジ形状のあるジャー容器本体や、くびれ形状やアンダーカット形状をもつ接合部品や機構部品などへの応用も考えられます。これまでプラスチックでしか作られてこなかった部品をパルプに置き換えることができれば、医薬品のプラスチック廃棄物の大幅削減につながります。
最後に
既存のプラスチック成形品からPulp-Injection(パルプインジェクション)への置き換えは、単に成形材料を変更するだけの話ではなく、今回のキャップのように成形・金型設計も組み合わせた製品形状検討が必要になります。NISSHAは、製品形状の設計段階から量産までを一貫してサポートし、より適切なソリューションをお客さまに提供するために、これまで培ってきた成形技術をベースに日々アップデートを続けています。
今回のプロジェクトで製作したPulp-Injection成形による自己注射器キャップのサンプルは、下記の展示会でご覧いただけます。本サンプルは日本初公開となりますので、展示会にお越しの際にはぜひお立ち寄りください。
展示会情報
- 展示会名
- インターフェックスWeek(東京)
- 会期
- 2024年6月26日(水)~6月28日(金)
- 場所
- 東京ビッグサイト
環境にやさしい梱包資材・部品をご検討される際はぜひお気軽にお問い合わせください。